約10分 · 2026-10-22 更新

腸チフスとA型肝炎:潜伏期間が長く、帰国してから出る二つの病気

どちらも水と食べ物からうつり、発症するのはベトナムを出たあとです。段階的に上がる熱と便秘、尿が紅茶色になる前の見逃しやすい時期、そして渡航歴をいつ伝えるか。

夜間、滞在先で体温と全身の状態を確認している様子(イメージ)

この二つを一本の記事にまとめているのは、症状が似ているからではありません。入り口と、時間の長さが同じだからです。どちらも口から入ります。どちらも潜伏期間が週の単位で、だから発症するのは多くの場合ベトナムを出たあとです。

そのせいで、診察室で最大の手がかりが失われます。目の前の患者が三週間前にどこで何を食べたか。医師は知りようがない。この記事がいちばん伝えたいのはそこです。渡航歴は、最初のひと言で言ってください。

先に読む:急を要する兆候

ベトナムの救急番号は115です。日本の119ではありません。滞在中でも帰国後でも、次のどれかがあれば救急の受診です。

  • 黒いタール状の便、または吐いたものに血が混じる
  • 腹全体が板のように硬く、押すと激しく痛む
  • 意識がもうろうとする、話のつじつまが合わない、ろれつが回らない
  • 手を前に伸ばすと、羽ばたくように不規則に震える
  • 白目と皮膚が黄色く、同時に高熱と混乱がある
  • 震えのくる高熱と、血圧が下がった感じ(冷汗、立てない、脈が速い)

手の不規則な震えと混乱の組み合わせは、肝臓の働きが落ちたときに出ることがあります。疲れや寝不足として片づけないでください。

腸チフス:下痢ではないことが多い

潜伏期間はおよそ一週間から三週間です。熱の出方に特徴があります。一気に高熱になるのではありません。日ごとに段階を上がるように上がっていき、一週間ほどかけて高いところで落ち着きます。朝は下がり夕方に上がる、という形も見られます。

ここで多くの人がつまずきます。食べ物からうつる病気だと聞いているので、下痢を予想する。ところが腸チフスでは、むしろ便秘のほうが多い。下痢がないから食あたりではない。そう考えて受診が遅れます。

ほかに、割れるような頭痛、全身のだるさ、食欲がまったくない、腹部の鈍い痛み、空咳。熱が高いのに脈がそれほど速くならない。この点を医師は手がかりに使います。胴体にうすいピンク色の小さな斑点が出ることもありますが、日本人の肌では見つけにくく、出ないことも珍しくありません。

注意が要るのは第三週あたりです。腸の壁が薄くなります。出血や穿孔が起きることがあります。治りかけに見える時期に急に腹痛が強くなったら、それは回復ではありません。

抗菌薬を自分で選ばない理由

腸チフスの治療は抗菌薬です。ただし南アジアと東南アジアでは、効かない株が広がっています。つまり「とりあえず飲む」が成立しにくい病気です。血液の培養で菌を捕まえる。効く薬を選ぶ手順が必要になります。

そして、薬を飲んでから採血すると菌が出にくくなります。ベトナムの薬局で手に入るものを先に飲んでしまう。診断の根拠そのものが消えます。熱が一週間続いている時点で、自分で薬を足すのをやめて受診してください。

A型肝炎:胃腸炎だと思っていた時期がある

潜伏期間はおよそ二週間から六週間、平均すると一か月ほどです。始まりは地味です。熱っぽさ、だるさ、吐き気、食欲がない、右の肋骨の下が重い。たいていの人はここで胃腸炎か疲れだと考えます。

数日から一週間ほど経って、尿の色が変わります。紅茶かウーロン茶のような濃い色になります。便は逆に色が抜けて白っぽくなります。そのあとで白目が黄色くなり、皮膚にも及び、強いかゆみが出ることがあります。黄色くなった時点で初めて受診する人が多いのですが、尿の色の変化はそれより前に気づけます。

大人のほうが重い。子どもは軽いか、症状が出ないことすらあります。多くの病気と逆の向きです。家族旅行では、子どもが元気なまま親だけが寝込むという形になります。

慢性には移行しません。ただし回復には数週間から数か月かかります。肝臓が仕事をしていない期間は、アルコールをやめ、必要のない薬やサプリメントを減らしてください。市販の鎮痛薬のなかには肝臓に負担をかける成分があり、ここでは量の判断を自分でしないほうがよい。

現地で避けるべきもの

  • 屋台や食堂の氷。飲み物そのものより、氷のほうが問題になることが多い
  • 生野菜とカットフルーツ。洗った水が分からないものは避ける
  • 二枚貝と生の魚介。汚染された水で育ったものは、火を通さなければ残る
  • 常温で長く置かれた総菜。暑い時間帯の屋外の棚
  • 手洗い。トイレのあと、食事の前。石けんがない店が多いので、自分で持つ

どちらにもワクチンがあります。これは数少ない、前もって手を打てる感染症です。接種の中身は渡航前の予防接種の記事に分けて書きました。

滞在中に疑われたら

往診の役割はここです。問診と全身の評価、脱水の確認、血液検査の手配、点滴による水分、そして入院が必要な場合の病院への紹介。血液培養と肝機能の推移を追う必要があります。一度の採血では終わりません。

ホイアンやフエ、ニャチャンなど各地域には、その土地に暮らし、医療従事者の資格を持つ医師・看護師がおり、ダナンから人を向かわせることはございません。腸チフスが疑われる熱の場合、入院で経過を見る判断になることがございます。その見込みも率直にお伝えいたします。

帰国してから熱や黄色みが出たら

受付で症状を言う前に、渡航歴を言ってください。どの国に、いつからいつまでいたか。問診票の渡航歴の欄は空欄にされがちで、そのわりに検査の組み立てを最も大きく変えます。食べたものの記憶もメモしておくと役に立ちます。

A型肝炎は届出の対象となる感染症で、職場や学校への対応が必要になることがあります。自分で判断して出勤を続けるより、診断を確定させてから相談したほうが早い。保険の請求に要るものは二つです。ベトナムで受けた検査の結果と、英文の診療報告書。帰国前に受け取っておいてください。

要点だけ

どちらも発症は帰国後になりやすい。段階的に上がる熱と便秘なら腸チフスを疑う。尿が紅茶色になり便が白っぽくなったらA型肝炎。黄色くなる前に尿の色で気づける。採血の前に薬局の抗菌薬を飲まない。受診の最初のひと言で渡航歴を言う。黒い便、硬い腹、混乱と手の震えは待たずに115へ。

参考文献

  • WHO — Typhoid (fact sheet): https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/typhoid
  • WHO — Hepatitis A (fact sheet): https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hepatitis-a
  • 厚生労働省検疫所 FORTH: https://www.forth.go.jp/
  • 外務省 海外安全ホームページ: https://www.anzen.mofa.go.jp/
呼吸が苦しい、胸が痛む、出血が多い、意識がはっきりしない、脳卒中が疑われるなど緊急の場合は、どうか往診をお待ちにならず、まず115へお電話いただくか、最寄りの病院へ向かってください。

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