約10分 · 2026-10-22 更新
病気やけがのあと、飛行機に乗れるか:ベトナムから帰る前の判断
機内は標高二千メートル相当の気圧です。気体は膨張し、酸素は薄くなる。気胸、腹部の手術後、ギプス、肺の感染のあとで何を確認するか。診断書は誰が書き、誰が決めるか。

ベトナムで入院した、手術を受けた、骨を折った、肺炎になった。そのあとで必ず出てくる問いがあります。予定の便に乗れるかどうかです。この判断を旅行者が自分でするのは難しく、かといって航空会社に電話しても、医療の中身は答えてくれません。
決める人が三者に分かれています。それがこの話の分かりにくさの正体です。体の状態を評価するのは医師、搭乗の可否を決めるのは航空会社、費用と搬送の手配を決めるのは保険のアシスタンス会社。どれか一つだけに聞いても答えが出ません。
先に読む:乗る相談より先に受診する状態
救急番号は115。日本の119ではありません。次のどれかがあるなら、便の相談ではなく受診の相談です。
- 安静にしていても息が苦しい、少し歩くと息が続かない
- 胸が痛い、片側だけ息を吸うと痛む
- 片側のふくらはぎが腫れて熱く、押すと痛い
- 手術した部分から出血している、傷の縁が開いている、膿が出る
- 震えのくる高熱、意識がはっきりしない
- 縫った部分や骨折した手足が、ギプスの中で強く締めつけられる感じがする
機内で体に起きる二つの変化
巡航中の客室は、標高二千メートル前後の高地と同じ気圧に保たれています。地上ではぎりぎり足りていた酸素が、そこでは足りなくなることがあります。肺炎や気管支炎の回復途中、重い喘息の発作のあと、慢性の呼吸器の病気を持つ人。問題になるのはここです。
もうひとつは体積です。閉じ込められた気体は、地上より一割から三割ほど膨らみます。中耳、副鼻腔、腸、胸の中、ギプスの下の腫れ。膨らむ場所に逃げ道がない。すると、痛みと圧迫になります。
この二つを頭に置けば、個々の病気の可否はおおむね筋が通って見えてきます。
待つ理由がはっきりしているもの
- 気胸:胸の中に空気が残っていれば、上昇中にそれが膨らむ。画像で消えたことを確認してから、一定の期間をおく
- 腹部や胸の手術の直後:縫合した場所の内側で腸のガスが膨らむ。術式によって必要な間隔が変わる
- 目の手術で眼内にガスを入れた場合:乗る時期は執刀医が決める領域
- 潜水のあと:窒素が抜けるまでの時間が別に要る
- 麻しんや活動性の結核など、他の乗客にうつる病気:治療と期間の条件を満たすまで搭乗できない
どれも「気分がよくなったか」ではなく、画像や期間という外から確認できる根拠で決まります。そこが相談しやすい点でもあります。
ギプス、骨折、長い座位
折った直後の手足は腫れます。ギプスを巻いた初期の数日で飛ぶ場合、気圧の変化と腫れが重なります。締めつけが強くなります。航空会社によっては、ギプスに縦の切り込みを入れた状態を求めることがあります。これは医師に頼む処置です。自分でやるものではありません。
下肢の骨折や手術のあと、長時間座ったままになるのは血のかたまりができる条件がそろうということです。通路側の席、足を上げられる工夫、水分、主治医が許す範囲での足首の運動。予防の指示を文書でもらっておくと、機内で客室乗務員に説明するときに話が早い。
松葉杖と車椅子は事前の手配が要ります。思い立って当日カウンターで頼むと、座席の変更ができないことがあります。
下痢や嘔吐が続いている場合
搭乗が禁じられる状態ではありません。ただし現実的には厳しい選択です。シートベルト着用のサインが出ているあいだは、トイレに立てません。脱水はそのまま進みます。機内で点滴はできません。
一日遅らせて水分を入れ直す。そのほうが、結果として安く済むことが多い。便の変更手数料と、途中降機して救急にかかる手間を比べる話です。
書類は誰が何を書くか
航空会社は、所定の医療情報の用紙に医師の記入を求めることがあります。英文で、診断名、現在の状態、必要な酸素や機材、付き添いの要否が書かれたものです。提出の期限があります。出発の直前では、間に合わないことがあります。だから、乗れるかどうか迷った時点で動きはじめてください。
保険会社に出す書類は別物です。診断名と処置の内容が入った英文の診療報告書、項目ごとに分かれた明細付きの領収書、検査結果の写し。一括表示の領収書は差し戻されやすい分野です。
機内で酸素を使う必要がある場合、持ち込める機器の種類と手続きは航空会社ごとに違います。現地の医師が必要と判断する。それだけでは搭乗できません。可否を決めるのは航空会社です。その点を、ここでもう一度書いておきます。
往診でできること
評価と記録です。安静時と歩いたあとの酸素飽和度、脈、体温、傷の状態、服用中の薬の整理。そして航空会社と保険会社が求める英文書類の作成のお手伝い。各地域には、その土地に暮らし、医療従事者の資格を持つ医師・看護師がおり、ダナンから人を向かわせることはございません。
できないことは二つです。搭乗の可否そのものを決めること、医療搬送を手配すること。ストレッチャーでの搬送や医師の付き添いが必要な場合、手配は保険のアシスタンス会社が主導します。自分で航空券を取り直す前に、まずそこへ連絡してください。順番を間違えると、取った券が使えません。
要点だけ
機内は気圧が低く、気体は膨らむ。胸に空気が残っている状態と、腹の手術の直後は待つ理由がはっきりしている。安静時に息が苦しいなら、便の相談の前に受診。航空会社の用紙は期限があるので早く動く。可否を決めるのは医師ではなく航空会社で、搬送を決めるのは保険会社。
参考文献
- WHO — Travel advice: https://www.who.int/travel-advice
- 外務省 世界の医療事情: https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/index.html
- 厚生労働省検疫所 FORTH: https://www.forth.go.jp/